日曜日、私は自分の部屋で受験勉強をしていた。でも、身に入らずぼんやりしていた。トントンとノックがされ「はい」と言うとドアが開いてお母さんが入ってくる。「久実、赤坂さんから電話よ」「えっ!」嬉しくて立ち上がり、お母さんから電話を受け取った。「もしもし」『おう。元気にしてるか?』「まあまあですかねぇ……」『これから妹とランチするけど、久実ちゃんも一緒に行かないか? 受験勉強頑張ってるんだろ。息抜きしようぜ』「行く!」一気にテンションが上がった。『じゃあ、車で迎えに行くから。お洒落しろよ』電話を切ってお母さんに事情を説明する。「たまには息抜きしておいで」そう言ってくれた。急いで着替えをする。赤坂さんの妹さんに会うのもはじめてだ。お友達になれるといいな……。ドキドキしながらマンションの外で待っていると車が到着した。降りてきた女の子は私よりも大人っぽい。赤坂さんに似ていて美少女だった。赤坂さんも車から降りてきた。ボーダーに白い七分丈のシャツにジーンズ姿の赤坂さん。日に日にイケメン度が増している気がする。見ているだけで眩しい。「妹の舞。久実ちゃんと同じ年だから、仲よくしてやって」「はじめまして! 舞です。よろしくね!」ハキハキ話す舞さん。私も挨拶をする。「よろしくお願いします」人懐っこい性格に、私は安心していた。助手席に乗せてくれて舞さんは後ろに座った。赤坂さんの運転する車に乗せてもらえるなんて、幸せすぎる。一生の思い出になるかもしれない。「人が多い所だと落ち着いて食事できないから、個室がある所でいい?」「はい」赤坂さんがこんな風に気を使ってくれるのが、すごく嬉しくて。とても贅沢な時間に思える。それと同時に赤坂さんが人目を気にしている事実を知って、ますます遠い存在になった気もしていた。私にとってはお兄ちゃんのような存在だけど、赤坂さんは国民的アイドル。車が走り出す。軽快な音楽が流れていた。「久実ちゃんって、めっちゃ可愛いねぇ」舞さんが気さくに話しかけてくれる。「舞さんこそ……赤坂さんに似ていて綺麗な顔してるね」「えー! お兄ちゃんに似てるなんてなんだか嫌だな」「お前、酷いこと言うな」そんな他愛のない話をしながら車はどんどん進んでいた。連れて来てくれたのは横浜のホテル。景色がよくて、私にはまだまだ
日曜日、私は自分の部屋で受験勉強をしていた。でも、身に入らずぼんやりしていた。トントンとノックがされ「はい」と言うとドアが開いてお母さんが入ってくる。「久実、赤坂さんから電話よ」「えっ!」嬉しくて立ち上がり、お母さんから電話を受け取った。「もしもし」『おう。元気にしてるか?』「まあまあですかねぇ……」『これから妹とランチするけど、久実ちゃんも一緒に行かないか? 受験勉強頑張ってるんだろ。息抜きしようぜ』「行く!」一気にテンションが上がった。『じゃあ、車で迎えに行くから。お洒落しろよ』電話を切ってお母さんに事情を説明する。「たまには息抜きしておいで」そう言ってくれた。急いで着替えをする。赤坂さんの妹さんに会うのもはじめてだ。お友達になれるといいな……。ドキドキしながらマンションの外で待っていると車が到着した。降りてきた女の子は私よりも大人っぽい。赤坂さんに似ていて美少女だった。赤坂さんも車から降りてきた。ボーダーに白い七分丈のシャツにジーンズ姿の赤坂さん。日に日にイケメン度が増している気がする。見ているだけで眩しい。「妹の舞。久実ちゃんと同じ年だから、仲よくしてやって」「はじめまして! 舞です。よろしくね!」ハキハキ話す舞さん。私も挨拶をする。「よろしくお願いします」人懐っこい性格に、私は安心していた。助手席に乗せてくれて舞さんは後ろに座った。赤坂さんの運転する車に乗せてもらえるなんて、幸せすぎる。一生の思い出になるかもしれない。「人が多い所だと落ち着いて食事できないから、個室がある所でいい?」「はい」赤坂さんがこんな風に気を使ってくれるのが、すごく嬉しくて。とても贅沢な時間に思える。それと同時に赤坂さんが人目を気にしている事実を知って、ますます遠い存在になった気もしていた。私にとってはお兄ちゃんのような存在だけど、赤坂さんは国民的アイドル。車が走り出す。軽快な音楽が流れていた。「久実ちゃんって、めっちゃ可愛いねぇ」舞さんが気さくに話しかけてくれる。「舞さんこそ……赤坂さんに似ていて綺麗な顔してるね」「えー! お兄ちゃんに似てるなんてなんだか嫌だな」「お前、酷いこと言うな」そんな他愛のない話をしながら車はどんどん進んでいた。連れて来てくれたのは横浜のホテル。景色がよくて、私にはまだまだ
赤坂side俺と黒柳は事務所に呼び出しをされた。二人だけ呼ばれるなんてなにがあったのだろう。仕事を終えて事務所に行くと、社長室に行くよう言われた。すでに黒柳は来ていて、重たい空気が流れている。「お疲れ様です」いつものように挨拶すると大澤社長は少し焦ったように俺たちに座るよう指示をした。そして爆弾発言をしたのだ。「大樹の好きな人に子どもができてしまったのよ」大澤社長は怒っているふうでもなく冷静な様子だった。俺と黒柳は呆然として言葉を発せずにいる。せっかく売れてきているのにCOLORが終わってしまうのは悲しい。だけれども、スキャンダルになってしまったら、未来はない。「大樹も相手の女性も燃え上がっているの」心から好きな人ができて羨ましいなと一瞬思ってしまった。「無理矢理にでも引き離さないと……COLORは解散にまで追い込まれるかもしれない」「無理矢理って……」つぶやいた俺。愛する人と引き離す権利なんて俺たちにあるのだろうか。でも解散になったりしたら、もう仕事がないかもしれない。俺らを応援してくれている人のことを思うと、簡単に解散なんてできないと思った。だからと言って別れさせたのはなんだか間違っている気がする。黒柳は目を閉じて何も言葉を発さない。「俺らは……愛する人と結ばれることすら許されないのですか?」大澤社長に向かって問いかける。俺の言葉を聞いた大澤社長は諭すように言った。「時期とタイミングがあるのよ」重くて今の俺たちには一番大切な言葉に聞こえた。だから、何も言い返せなかった。「タイミング……大事だと思う」黒柳は冷静な声で言う。「可愛そうだけど……。あんた達は世の中に愛されるべき人間なのよ」大澤社長に諭されたが複雑な気持ちだった。
数日後――。俺と黒柳と大澤社長は、大樹の愛する人が滞在している実家へと向かっていた。大樹には言わないことになっていた。メンバーと秘密事を作りたくなかったが、言わない優しさもあるのかもしれない。大樹の彼女の家に到着したが、重い空気が漂っていた。「うちの大事な商品に、傷をつけたお詫びをしていただきたく参りました」「……と、言いますと?」「顔に傷がついておりまして、仕事をいくつかキャンセルさせたので」彼女の父親は大樹を殴ったらしい。当然の行動だと思う。顔を腫らせて来た大樹が仕事をいくつかキャンセルしたのは事実だ。「うちの大事な娘を妊娠させておいて、なんですかそれ」大澤社長と父親のやり取りを黙って見ているしかない。色んな人の気持ちを考えると、ただただ悲しむしかなかった。きっと、一番悲しいのはお腹に子どもを宿している彼女かもしれない。純粋そうなお嬢さんだ。きっと本気で愛し合っていたのだろう。「ええ。お互いにとって一番いいのは、中絶だと思います。お嬢様の将来のためにも」「嫌です」大樹の彼女が震えながら、言う。「日本中に愛されるべき男をそんなにも、独り占めしたいの?」「……」大澤社長の大樹への期待を感じ、大樹の彼女の絶望感が伝わってきた。言葉に詰まる彼女には、大変申し訳無い。胸が張り裂けてしまいそうで、本当は今にも泣きそうだった。だけど、COLORを全力で守らなければいけない理由がある。俺と黒柳は打ち合わせ通り土下座をした。「俺らの夢を壊さないでください」真剣な眼差しを向けた。彼女は頭が真っ白になっているような表情をしていた。「帰ってください」今まで黙っていた母が震えながら言う。「お腹の子供には罪はありません。子供のことは、私たち家族で考えます。不安定な職業の男性と結婚なんてさせられませんし、今後一切関わらないことを約束します。紫藤さんにも娘のところには会いに来ないでと伝えてください」「ええ。同意見です」ニコッと笑った大澤社長は封筒を差し出した。「少ないですが、お詫びの印です」父は封筒を押し返した。「いりません」「あとでいろいろ言われても困りますので」俺らは俯いているしかなかった。「紫藤にはしっかりと伝言しておきますね。会いに行っても無駄だということと、未練を持ったら可愛そうなので子供は堕ろしたと伝えます。
その日の夜。黒柳はうちに泊まった。ずっと体育座りをして黙り込んでいて、その隣で俺も思いを巡らせていた。「…………これで、よかったのかな」ポツリとつぶやいた黒柳の言葉は、俺もまったく同じ気持ちだった。これで、よかったのだろうか……。大樹の愛する人との愛の結晶を潰してまで、俺らは仕事を続けていいのだろうか。俺たちが説得に行ったせいでお腹の子供は殺されてしまうかもしれない。直接手を加えたわけではないけれど命の灯火を消すような行動だったのか。「もう、過去には戻れないだろ。俺らは気持ちを切り替えるしかないな」「大樹……可哀想」男として、好きな女が妊娠したら産ませてやりたいと思う。気持ちは痛いほどわかっていたが、何もしてやれない。言葉もかけてやれない。一緒にCOLORを全うするしかないだろう。「大樹はこれまで通り仕事をこなせるのかな」「黒柳。大樹が完全復活するまで俺らが支えるしかないぞ」「……ああ」「お前までやる気を失ってどーすんだよ。しっかりしろ」「わかってるよ」これからCOLORとして活躍していく上で色んな問題が起きるかもしれない。だけれども、ただただ突き進むしかないのだと思う。
***久実十七歳 赤坂二十三歳 久実side「彼氏……できた」「うっそ!」学校からの帰り道。中学の時からの親友、朋代から衝撃的な発言を聞かされた。隣を歩いている朋代を見ると顔を赤くしている。どうやら本当のことらしい。嘘だ。嘘だと思いたい。朋代が取られちゃう気がして切ない……。「誰なの?」「同じ塾に通っている男の子……と言いたいところなんだけど、先生なの」「うわぁ。マジで……」禁断の恋愛だ。想像するだけで頭の中はまっピンクになってしまった。「と言ってもアルバイトでね。医学生なんだ」「医者の卵かぁー……」「うん」ひらひらと落ち葉が舞う。そんな切ないシーンなのに朋代は微笑んだ。「冬が楽しみ。イベントがいっぱいあるでしょ。クリスマス、初詣、バレンタインにホワイトデー。彼氏と過ごせるなんて最高だよ」「いいなぁー」立ち止まった朋代は、私をじっと見つめる。「久実はいないの? ……好きな人」思考回路を駆使して考えてみるが、残念ながら見つからない。優しい男の子だなーとかはあるけれど、病気のことを知っている上での優しさだから。もしも、彼氏ができても体のことを理解してもらうのは難しいかも。だから恋愛なんてしないと私は決めていた。「今はいらないかな。結構充実してるし」「そうなんだ」「うん。いっぱいのろけ話聞かせてね」心からニッコリと笑うことができた。「たまには、遊んでね」「もちろんだよ!」親友に恋人ができるのは嬉しい半面、寂しい。けど、やっぱり嬉しいほうが大きい!
家に戻ると部屋は真っ暗だった。お母さんは時間があれば働きに出ている。私のために仕事に行ってくれているのだけど、一人っ子の私は妙に寂しさに襲われることがあった。そんな時はCOLORの動画を見て気を紛らわす。自分の部屋で大好きな音楽を楽しむ。――朋代に彼氏ができたのか。なんだか、気分が落ち込む。人の幸せを心から喜んであげられないなんて最低な人間だ。ベッドに転がって小さなため息をつく。そして、抱きしめるのは赤坂さんとはじめて会った時にプレゼントしてくれたブランケット。もう、ボロボロになっているけど、これを抱きしめたり、肩にかけたりすると落ち着いた。恋がしたい。けれど……恋することが怖い。十七歳になったのに。キスしたこともないし、手を繋いだこともなかった。「私だけ、なんにも成長してないじゃん……」そっとつぶやいて、リモコンを持った。赤坂さんが満面の笑みで映っているシーンで電源を落とした。こうやって赤坂さんに依存しているから、一歩踏み出す勇気が出ないのだろうか。
赤坂side気がつくと、俺はもう二十三歳になっていた。大樹のことでCOLORの存続危機があったが、乗り越えてCOLORはまだ芸能界の第一線で活躍していた。恋愛することもなく仕事を続けていたのだが、最近気になる人がいる。今、目の前で俺の部屋を掃除している久実を見ながら、俺は別の人のことを考えていた。俺と久実との付き合いも長くなって、本当の妹のように思っている。もう、呼び捨てがスタンダードだ。ただのファンじゃなく心を許すことができる人になっていた。たまに遊びに来ては「汚い部屋っ!」と言いながら掃除をしてくれるのだ。舞は掃除なんかしてくれないけど、久実は片付けが上手い。きっといい奥さんになるのではないかと思っている。でも激しく動いて具合悪くならないか心配だった。だから無理しなくていいと言っているのに世話を焼いて体調がいい時はやってくれるのだ。「……だから、赤坂さんっ。こういうのは隠してって言ってるじゃないですか!」手に持っているのは大人向けの雑誌だ。久実は顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。そんな久実を睨み返す俺。「あ? いちいち隠すなんてめんどーだし」「変態っ」「普通だろ。そろそろ慣れろって」病状も安定していて最近は入院することも無くなった久実。元気になってくれて俺は嬉しい。にやりとする俺。久実は怪訝そうな顔をする。「観てみるか?」「結構です!」ぷんぷん、怒っている久実を見て俺はケラケラ笑う。久実と過ごす時間は癒しにあふれていて安心する。芸能界での殺伐とした雰囲気とは違うオアシスのような存在だ。
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。